2020

余韻は、なぜ残るのだろう


その振る舞いを、そこから波打つ揺れを、求めてたから?

その揺れが、予想もしていないものだったから?


余韻の残り方で、何を求めていたか気づくことがある。

頭で考えることと、心に気づかされること。

これが、理性と本能の、違いなのかな?

稀に、心を開放したくなることがある。

気持ちを、解放したくなることがある。


でもそれは何かの余韻がきっかけとなったもので、

余韻が拡がり、深まり、

きっと頭で考えたことに、

心が答えを出すために、起こること。

そう考えると、余韻をくれたきっかけは

有難くて、愛おしくて、

その一瞬は、絶対忘れたくない。

心が動くことだけは、

心が動いた瞬間の出来事だけは、

絶対失いたくない、確かなもの。


余韻から気づいた何かは、ためらいもなく、「わたし」が求めていたもの。

私を強くさせる、わたしから離れないもの。

余韻に戸惑いながら、余韻を味わうこと。

それは、今すぐには叶わないけど、いつか叶えるための心のフラグ。


このきっかけが、周囲を幸せにするものでありますように。

この願いが、何かに伝わるものでありますように。

気持ちが揺れたきっかけが、余韻が残ったあの瞬間が、

何かに繋がりますように。

そう考えると、余韻ほどステキな気づきを与えてくれるものはないな、と思うのです。

そんな気持ちからはじまった2020、

大切に味わいながら、進んでいこうと思います。

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